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   <title>ユネスコ世界遺産、アフリカを訪ねて</title>
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   <subtitle>「ユネスコ世界遺産、アフリカを訪ねて」では、世界各地のユネスコ世界遺産の中から、特にアフリカにあるユネスコ世界遺産に注目して、特徴的な情報をお届けします。</subtitle>
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   <title>モザンビーク島【モザンビーク共和国】</title>
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      1991年、ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された「モザンビーク島」。
モザンビーク島とは、モザンビーク北部、モザンビーク海峡とモスリル湾との間に位置する島のことをいいます。
かつては、モザンビークの中心的な都市として栄えていた時代もありました。
バスコ・ダ・ガマがこの島に来るよりも前から、この地はアラブ人の港として利用されていました。
またインド航路においては、ポルトガルの重要な拠点として、黒人奴隷、香辛料、金などの交易が盛んに行われていました。
キリスト教の重要な伝道拠点としても活躍していたのです。。
しかし、スエズ運河の開通により、このモザンビーク島は衰退に向かいました。
観光名所としては、南半球に現存する最古のヨーロッパ建築である「ノサ・セニョラ・デ・バルアルテ礼拝堂」、1610年に建造された「サン・パオロ宮殿と礼拝堂」、聖画美術館やサン・アントニオ教会、ミゼリコルディア教会など、多数の建造物があります。
現在では、キリスト教以外にも布教されていて、モスクやヒンズー教寺院などが建てられています。
      
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   <title>フレデフォート・ドーム【南アフリカ共和国】</title>
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   <published>2007-11-30T08:14:56Z</published>
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      2005年に、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録された、フレデフォート・ドーム。
フレデフォート・ドームは、ヨハネスブルグから南西へ120キロメートル離れた場所に位置しています。
フレデフォート・ドームは、南アフリカ共和国にある、世界最大の隕石衝突跡のことをいいます。これは現存する隕石跡の中でも世界最古のものでもあります。
また他に、隕石の衝突跡としては、カナダの「サドベリー・クレーター」、メキシコの「チクシュルーブ・クレーター（恐竜絶滅の原因とも云われている衝突）」などがあり、これと並んで地球史に残る三大隕石衝突に数えられています。
その世界最大の隕石の衝突跡は、直径190キロメートルにもおよび、中央のドーム（直径約50キロメートル）とそれを取り囲む外輪山（リング）とで形成されていました。
フレデフォート・ドームが誕生したのは、約20億2300万年前に直径およそ10キロメートルの小惑星が、約20キロの速度でこの地に衝突した時だと推測されています。
その衝突によって、マントルが噴出し、大量の岩石が蒸発、そして急激に冷却したことを示す地質が確認されたのです。
衝突直後のドームの大きさは、実は直径300キロメートル程あったと推定されていますが、長年の侵食によって、現在は直径約50キロメートルになりました。
今では、この地も草原地帯となっており、固有種の蝶や、鳥、哺乳動物がたくさん生息しています。
      
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   <title>スタークフォンテン、スワートクランズ、クロムドライおよび周辺地域の人類化石遺跡群【南アフリカ共和国】</title>
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   <published>2007-11-29T08:07:35Z</published>
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      1999年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された、スタークフォンテン、スワートクランズ、クロムドライおよび周辺地域の人類化石遺跡群。
このスタークフォンテン、スワートクランズ、クロムドライおよび周辺地域の人類化石遺跡群は、南アフリカの北部、ヨハネスブルクの北に位置しています。
これらの地域とその周辺地域も含めた一帯は、「人類のゆりかご」や「人類発祥の地」と称されています。
それは、スタークフォンテン、スワートクランズ、クロムドライが、それぞれの地においてアウストラロピテクスや、パラントロプス・ロブストスなど、たくさんの人類化石が発見されている場所だからです。
スタークフォンテンの洞窟では、小さい頭蓋骨が発見され「アウストラロピテクス・アフリカヌス」と名付けられました。
またスワートクランズでは、アウストラロピテクスの亜種、パラントロプス・ロブストスが発見されました。
鍾乳洞が有名なクロムドライでも、アウストラロピテクスの化石が発見されました。
現在では新たな追加もあり、タウング頭骨化石遺跡やマカパン渓谷なども周辺地域の中に入っています。
      
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   <title>マラウイ湖国立公園【マラウイ共和国】</title>
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   <published>2007-11-27T01:22:28Z</published>
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      1984年にマラウイ湖国立公園は、マラウイ湖を対象とする国立公園として、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録されました。
淡水湖として世界遺産に登録されたのは、マラウイ湖が初めてでした。
アフリカ大陸の中でも、3番目の大きさを誇る湖であるマラウイ湖。
マウライ湖の面積は四国の1.5倍、マラウイ共和国の国土の4分の1を占めるほどの大きさです。
マラウイ、タンザニア、モザンビークにまでまたがっているマラウイ湖。
しかし国立公園として指定されている地域は、マラウイ共和国領内の湖の南端にあたるごく一部の場所だけです。全面積のわずか0.3%程度を占めるに過ぎません。
最大深度は706メートル、500種以上の魚類が確認されています。
その500種以上の魚類はすべてこの湖の固有種であるというのが特徴です。
そのため、「湖のガラパゴス諸島」という異名を持っています。
このマラウイ湖のように、固有種が多い、そして多彩な進化を示すのは世界的にも類を見ないでしょう。
      
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   <title>キリマンジャロ国立公園【タンザニア連合共和国】</title>
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   <published>2007-11-26T04:32:10Z</published>
   <updated>2007-11-26T05:02:21Z</updated>
   
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      1987年に、キリマンジャロ山域を含むキリマンジャロ国立公園が、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録されました。
標高5,895メートルのアフリカ大陸最高峰「キリマンジャロ (Kilima-Njaro) 」山域の国立公園である『キリマンジャロ国立公園』。
このキリマンジャロ国立公園は、タンザニア北部に位置しています。
キリマンジャロは東南約50キロメートル、南北30キロメートルに広がり、南米のコトパクシ山に並ぶ標高を持つ世界最高峰級の死火山です。
キリマンジャロをスワヒリ語に訳すと、「キリマ（Kilima）」は「山」、「ンジャロ（njaro）」は「輝く」を意味します。
キリマンジャロは、西からシラ峰、キボ峰、マウエンジ峰の3つの峰から形成されています。
中央に位置する「キボ峰」が最高峰で、その頂上はウフル・ピークと呼ばれています。
ウフルとは独立を意味します。
そのウフル・ピークには、タンザニア初代大統領の言葉が刻まれたレリーフがあります。
キリマンジャロの中でも最も標高の高いキボ峰の頂上。この頂上は、赤道付近にもかかわらず巨大な氷河が形成されています。
この氷河から供給される水で出来た高山湿地帯があります。
標高別に、砂漠、高山湿地帯、高地草原、草原、熱帯雨林と広がっているのです。
コーヒー豆の銘柄「キリマンジャロ」は、この山の裾野で採取された豆として、とても知られています。
      
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   <title>セルース猟獣保護区【タンザニア連合共和国】</title>
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   <published>2007-11-24T08:27:01Z</published>
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      1982年に、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録された、セルース猟獣保護区。
セルース猟獣保護区は、タンザニアにあり、動物たちの保護区となっています。
このセルース猟獣保護区内には、大型の哺乳動物が万単位の数で生息しています。
ゾウやアフリカスイギュウ、インパラ、オグロヌー、サバンナシマウマなどは、数万から10万頭以上の生息が確認されています。
他にもキリンやカバ、レイヨウなどもいます。
また密猟によって数が大きく減ってしまったサイなどもいます。
猛毒を持っているブラックマンバや、伝染病を媒介するツェツェバエなども生息しています。
このような動物相の多彩さとその規模、さらには人の手がほとんど入っていない所がユネスコに評価された点です。
動物相の多種多様な種類もさることながら、植物相も確認されている品種だけでも2000種を超えていると言われています。
「セルース」という名前が表すように、元々は狩猟用の保護区として設定されましたが、現在では逆に狩猟が禁止された純粋な保護区となっています。
動物保護区としては世界最大の面積を誇ります。
      
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   <title>セレンゲティ国立公園【タンザニア連合共和国】</title>
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   <published>2007-11-23T09:06:12Z</published>
   <updated>2007-11-23T11:00:27Z</updated>
   
   <summary>アフリカでも一番良く知られている国立公園の一つ、『セレンゲティ国立公園』。 セレ...</summary>
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      アフリカでも一番良く知られている国立公園の一つ、『セレンゲティ国立公園』。
セレンゲティ国立公園は、1981年にユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録されました。
自然保護を目的として作られたセレンゲティ国立公園は、タンザニア連合共和国北部にあり、マラ州、アルーシャ州、シニャンガ州にまたがっています。
セレンゲティ国立公園を代表する動物と言うと、ヌーであることは間違いないないですね。
セレンゲティ国立公園内に生息している60種類以上、約300万頭の中の半数以上がヌーであると言われています。9月になるとケニアのマサイマラ国立保護区の草がなくなり、、南のセレンゲティ国立公園に向けてヌーの大移動が始まります。1000頭ほどで移動するヌーの群れが地平線を埋め尽くす光景は、壮観です。
キリマンジャロの裾野に広がり、ビクトリア湖の東側に位置するセレンゲティ国立公園。
その大サバンナ地帯には、ヌーやシマウマなどの草食動物、それを追うライオンやチーターなどの肉食動物が数多く生息しています。
さまざまな哺乳動物が、60種類以上約300万頭も暮らす野生王国となっているのです。
このサバンナ地帯の広さは14,000平方キロメートル以上にもなり、その広さは四国全体の面積よりも広く、さらには東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県を合わせた広さ13,404平方キロメートルよりもまだ大きいのです。
      
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   <title>グレート・ジンバブエ遺跡【ジンバブエ共和国】</title>
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   <published>2007-11-21T02:49:28Z</published>
   <updated>2007-11-21T03:00:30Z</updated>
   
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      大規模な石造建築遺跡である『グレート・ジンバブエ遺跡（Great Zimbabwe）』。
このグレート・ジンバブエ遺跡は、ジンバブエ共和国の首都ハラレから南へ300キロメートルのジンバブエ高原の南端サビ川の上流、標高約1000メートルに位置しています。
これらの石造建築物群は、1986年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されました。
石造建築物群の遺跡の中心部は、直方体の花崗岩のブロックを積み上げた円や楕円形の建物の組み合わせになっていて、エンクロージャー（囲壁）と呼ばれています。またこれは、ジンバブエの王または首長の一族のために建築されたものだといわれています。
北側の「アクロポリス」もしくは「丘上廃墟」と呼ばれる建造物群、南側の「谷の遺跡」、そして最も有名な「大囲壁」（グレート・エンクロージャー）というふうに、この石造建築エンクロージャー群は大きく3つに分けることができます。
ジンバブエの言葉の意味は、ショナ語で『首長、王の宮廷の意味を含んだ「石の家」』という一般語です。
この遺跡を特定して指すときには、語頭に「グレート」を付けるのが一般的です。
遺跡を建築したとされているショナ族の国家の通称名ともなっているので、「グレート・ジンバブエ」の名称が使われています。
      
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   <title>ヴィクトリアの滝【ザンビア共和国】</title>
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   <published>2007-11-20T05:00:51Z</published>
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      1989年に、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録された、ヴィクトリアの滝（Victoria Falls）。
このヴィクトリアの滝は、1855年に、イギリスの探検家デイヴィッド・リヴィングストンによって発見され、ヴィクトリア女王にちなんで名付けられた、と言われています。
ヴィクトリアの滝は、現地の言葉で「モシ・オア・トゥンヤ（雷鳴とどろく水煙）」と呼ばれています。
その名の通り、水量が多い雨季には1分間に5億リットルもの水が落下してくるそうです。
またその水により巨大な水煙が舞い上がるために、その姿を覆い隠してしまいます。
つまり、ヴィクトリアの滝全てを見たいと思っても、乾期にならないと見ることはできないという訳です。
川の流れが堆積岩を浸食することによって、滝の位置が徐々に上流へと移動していきました。
現在でも、滝の下流に20万年前の「最初の滝の跡」を見ることができます。
川の浸食は今も進んでおり、上流には数千年後には滝になるであろう割れ目がすでにできているのです。
アフリカ南部を流れる大河ザンベジ川の中流、ジンバブエ共和国とザンビアの国境にあるヴィクトリアの滝。
このビクトリアの滝は、最大幅が1700メートル、最も深い滝壷は落差が110メートルもあります。
北米のナイアガラの滝、南米のイグアスの滝と並んで、世界三大瀑布の1つにも数えられています。
      
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   <title>バンディアガラの断崖【マリ共和国】</title>
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   <published>2007-11-18T08:25:31Z</published>
   <updated>2007-11-18T09:00:36Z</updated>
   
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      1989年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された、ドゴン人の地とも言われていた「バンディアガラの断崖」。
バンディアガラの断崖は、ドゴン族の居住地域となっている断崖のことをいい、マリ共和国にあります。
この断崖の幅は150キロメートル、高さ（標高差）は500メートルにもおよびます。
キリスト教やイスラム教に影響されることなく、ドゴン族は独自の神話を伝承し、その神話を強固にまで保持し続けました。
その神話の中には、シリウスに関する非常に高度な知見も含まれていました。
この壮観な断崖のあちこち、そして断崖の裾野にも、およそ700にもなる集落を作ったドゴン族。
ドゴン族が、この断崖といった自然環境に定住の地として住み始めたのは、700年ほど前のことでした。
それよりも以前は、テラン族たちが居住地として住んでいました。
しかしドゴン族がたくさん入ってきたことによって、テラン族が追い出される形となりました。
このように伝統文化を重んじ、継承しながら集落を営んできたドゴン族ですが、最近では都市への人口流出が見られ始めました。
      
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   <title>トンブクトゥ【マリ共和国】</title>
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   <published>2007-11-17T01:01:34Z</published>
   <updated>2007-11-17T03:00:31Z</updated>
   
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      1988年に、ユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録された、砂漠の民トゥアレグ族の都市「トンブクトゥ」。　トンブクトゥは、西アフリカのマリ共和国内ニジェール川沿いに位置しています。
またティンブクトゥとも呼ばれていました。
トンブクトゥは、金や象牙、奴隷、塩などが集まる重要な都市でした。
その途方もない富の物語や伝説も数多く伝えられ、多くのヨーロッパ人がアフリカへ探検に向かうようになりました。
この都市トンブクトゥは、古代よりサハラ砂漠を越えたアフリカ内陸の黒人と北アフリカからやってくるベルベル人、そしてイスラム教徒の商人が出会う交易拠点として栄えていました。
また、間接的にヨーロッパからの商人ともつながりがあったことから、この都市トンブクトゥの様々な伝説や物語が伝わっていました。
その多くは、「トンブクトゥ」という言葉が「異国」や「遠い土地」の比喩として使われいたのです。
その由来は、都市トンブクトゥにたどり着くのが困難だったということをあらわしています。
しかし、サハラ砂漠を経由せず、海路を渡って西アフリカに上陸されるようになってからは、都市は衰退していきました。
      
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   <title>アイル・テネレ自然保護区【ニジェール共和国】</title>
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   <published>2007-11-15T06:43:16Z</published>
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   <summary>ニジェール共和国の自然保護区に指定されている『アイル・テネレ自然保護区』。 この...</summary>
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      ニジェール共和国の自然保護区に指定されている『アイル・テネレ自然保護区』。
このアイル・テネレ自然保護区とは、アイル山地とテネレ砂漠が対象となっています。
1991年に、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録されました。
アイル・テネレ自然保護区の総面積は77,000平方キロメートル。
アフリカにある自然保護区の中でも最大の規模を誇ります。
テネレ砂漠は、サハラ砂漠の南の一部区域にあるテネレ砂漠。
トゥアレグの言葉では、元々「テネレ」とは「砂漠」という意味を持っています。
以前は緑豊かな土地だったのですが、今ではすっかりと砂漠と化してしまいました。
降水量も少なく、荒涼とした景観となっています。
しかし山地を中心に植物は350種、鳥類は160種、爬虫類は18種、哺乳類は40種ほど確認されています。
その中には、パタスモンキー、ダマガゼル、ムフロンなど、この地域の固有種や絶滅危惧種なども含まれているため、ユネスコの世界遺産（自然遺産）に登録されましたが、翌年には「危機遺産」にも登録されました。
アイル山地は花崗岩質の山地です。
この辺りの年間平均降水量は75〜160ミリととても少ないのですが、山地のあちこちから湧き水が出ています。ですので、周辺の砂漠地帯よりも植物相、動物相とも豊かなのです。
      
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   <title>オシュン＝オショグボの聖なる木立【ナイジェリア連邦共和国】</title>
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   <published>2007-11-14T01:27:26Z</published>
   <updated>2007-11-14T03:00:31Z</updated>
   
   <summary>ヨルバ人にとってはとても宗教的な意味を持つ原生林で ある、ナイジェリア・オシュン...</summary>
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      ヨルバ人にとってはとても宗教的な意味を持つ原生林で
ある、ナイジェリア・オシュン州の州都オショグボにあるオシュン＝オショグボの聖なる木立。
このオシュン＝オショグボの聖なる木立は、オシュン川流域の豊かな動物や植物をはぐくむ木立と一体となってしまった社が、ヨルバ人の伝統や世界観を示す文化的景観を保持している、ということが評価され、2005年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されました。
このオシュン川の名前の由来は「豊穣の女神オシュン」に由来しています。
そして、ヨルバ人の神話によると、このオシュン川は女神オシュンが姿を変えたものだとされています。
そのため、オシュン川沿いには女神オシュンを祀るための社が建てられ、この地域一帯に住む人々は恵みを受け取れると信じていました。
しかし次第に女神オシュンへの信仰は衰えていき、徐々に他の地域では見られなくなりました。
ナイジェリアの史跡として保護区域にも指定されているオシュン＝オショグボの聖なる木立。
ナイジェリアのオシュン州はオシュン川沿いの地域に位置しています。
      
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   <title>バタマリバ人の土地クタマク【トーゴ共和国】</title>
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   <published>2007-11-12T10:08:27Z</published>
   <updated>2007-11-12T11:00:28Z</updated>
   
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      キリスト教やイスラム教とは一線を画し、独自の文化的景観を保ち続けていたことが評価され、バタマリバ人の土地クタマクは、2004年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されました。
トーゴ北東部に広がる地域クタマク。
タマスクは、バタマリバ人の居住地域です。
この居住地には独特の泥の住居群があり、それは「タキヤンタ（Takienta）」と呼ばれています。
これらの住居は、泥で出来た複数階建ての塔になっていて、これらが整然と並んで建てられていることにより、縞模様を形成しているのです。
また、建物の構造は、彼らの宗教観にも密な関係があるようで、ドアは口、窓は目を模倣していているのです。住居群は、氏族と関連付けられていることから、社会構造と密接に結びついていると推測されます。
バタマリバ人が、いつからこの地でタキヤンタを建て始めたのかは明らかになっていません。
しかしバタマリバ人達の伝えによると、元々はより北の地域でモシ人などと共存していたのが、数百年前にこの地に移り住むようになったという事です。
クタマクのタキヤンタは、社会構造や宗教観と密接に結びついたとても特徴的なものです。
      
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   <title>セネガンビアの環状列石【セネガル共和国／ガンビア共和国】</title>
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   <published>2007-11-11T08:19:19Z</published>
   <updated>2007-11-11T09:00:38Z</updated>
   
   <summary>『セネガンビアの環状列石』とは、セネガルからガンビアにかけて見られる環状列石群の...</summary>
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      『セネガンビアの環状列石』とは、セネガルからガンビアにかけて見られる環状列石群のことをいいます。
セネガンビアの環状列石群は、39000平方キロメートルにもおよびます。
そのうちの一部が、2006年にユネスコの世界遺産（文化遺産）に登録されました。
世界遺産に登録されている対象地域は４ヶ所になり、ガンビア共和国のガンビア川中流地方の「Kerbatch」と「Wassu」、更にセネガル共和国のカオラック州「Sine Ngaye`ne」と「Warnar」です。
立ち並ぶ巨石群は、お墓の上に墓石として立てられたもので、8世紀ごろから12世紀ごろまで続けられました。
1つの石の高さは1メートルから2.5メートル。
その巨石10個から24個を使用し、環状に立て並べているのです。
これらの巨石は、一般的に「ラテライト」といわれています。
セネガンビアの環状列石群には、1000以上もの環状列石群があります。
その中でも最大のものは1000以上もの石からなり、52もの環状がガンビア共和国の「Wassu」周辺に作られているのです。
これらの環状列石群は墓石と考えられていますが、その立てられた理由自体は今も解明されていません。
      
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